思生活

平成初頭に誕生日した永遠の0歳(イボ痔)。音楽、ガジェット、ゲーム、雑学、疑問、ネタ、酒、くだらないことを全力で感じるままに記事にしていきたい。

三つ子の魂百まで

今週のお題「おじいちゃん・おばあちゃん」

三つ子の魂百まで、私は双子です。そういう意味じゃないか。ここでいう三つ子とは3歳の方、どっちかっていうと幼い子供の年齢全般を示すものになっています。幼い頃に受けた形成された性格は百歳、要は死ぬまであるということなのでしょう。

先程お伝えした通り、私は双子だった。我が家の隣が父方の実家だったので私はそこでばあちゃんに面倒を見てもらい、もう片方は近所に住んでた母の妹に預けられることが多かったらしい。母は生来の弾丸気質で友達との約束があると二人を預けてすっ飛んで行き、帰ってこないというのが父(ヒロシ)の口癖であった。もっとも母は厳しい性格だったし、姑が隣に住んでるのに頻繁に家を開けていたとは思えないのでヒロシのホラだと思う。

そんなこんなで私はばあちゃんっ子だった私は様々な話をばあちゃんに教えてもらった。ヒロシがスピード違反をして3万円をばあちゃんに借りた話、ヒロシが学生時代に家で寝てるのを起こしたらあまりにぐっすり寝てて全く起きずに悔しくてばあちゃんが泣いた話、ヒロシが大学留年しそうになって就活しなくて、唯一したのが楽器屋でそれも落ちてしばらくニートをしていた話(のちにニートという言葉が生まれた頃に「俺はニートのハシリだったんだなあ」と感心していた)、結局じいちゃんのコネで会社に入ったが、業務中にマンガを読んでるのがバレて上司にクビにされそうになった話、そんなほんとしょうもないヒロシのクズエピソードを幼少期から聞いていた私は、親父おもしろいやっちゃなあ~と思っていた。たまにその事を話すと、ばあさんそんなことまで言ってんのかよ!って言って楽しそうだった。とまあそんなこんなでばあちゃんはヒロシのクズエピソードから自分の生い立ちまで事細かに私になんでも教えてくれていた。あと数年私が早く生まれていたらおそらく自分のスリーサイズまでいうんじゃないかというぐらいの勢いだった。そんな中でも印象に残っている話を紹介したい。

 

・ギブミーチョコレートで失敗した話

これはばあちゃんが小学生か中学生ぐらいの時、第2次大戦が終結したばかりぐらいの頃なのかな、米軍の車に向かって「ギブミーチョコレート!!」っていうとチョコレートをマジでくれたらしく、当時ピチピチの女の子であるばあちゃんも友達と一緒に米軍の車を道路っぱたで待っていたらしい。そして割と早めに一台の米軍の車が来たそうな。そこでばあちゃんと友達は本気で「ギブミーチョコレートォオオオオ!!!」って叫んだら車が目の前で止まった。そして強烈にいやらしい顔しながら米兵にばあちゃんの友達が腕を引っ張られてそのまま車に押し込まれそうになったところをばあちゃんが即救出。そのままダッシュで逃げて靴を片方無くしたと言っていた。まさに鬼畜米兵だったらしい。ばあちゃんは自分もチョコ欲しかったくせに友達に激怒して叱って終了したらしい。怖かったとのことでした。

 ちなみにばあちゃんが亡くなった時はあまりのショックに葬式で使ったでっかい写真もらって実家の自分の部屋にずっと飾ってた。また思い出したら書こうと思います。