思生活

平成初頭に誕生日した永遠の0歳(イボ痔)。音楽、ガジェット、ゲーム、雑学、疑問、ネタ、酒、くだらないことを全力で感じるままに記事にしていきたい。

甲斐性なしのじいちゃん

今週のお題「おじいちゃん・おばあちゃん」

私の母方のじいちゃんは結構な生き様だったらしいのでここに記していきたい。

 

 

1.じいちゃんはモテモテだった

まずこれはどこのじいちゃんもとうちゃんも言いそうなのだが、

「若い時は本当にモテモテだった。」というじいちゃん。

子供ながらに私も「どんだけモテモテだったの?!?!」と聞くと

「長袖で出掛けて帰ってくる頃には半袖になっている。」

えっ?!どゆこと?!と思って聞いてみたところ、女性が群がってみんな袖を引っ張るから破けてしまうんだそう。これはばあちゃんも言っていたので決して盛っていた話では無さそうだったということに今考えると恐怖さえ感じた。

 

2.じいちゃんはばあちゃんを射止めた

当時若い時はじいちゃんは超遊びまくっていたプレイボーイだった。そこで箱入り娘のいいとこの金持ちのばあちゃんに一目惚れしかけ落ちをしたそうだ。こんな短い文章の中に壮絶な事件が多々あったとは思うのだが、詳しくは聞けず。ただ、金もろくに持っていないじいちゃんに対してばあちゃんも箱入り娘だから全くなんも出来なかったらしく、当時は地獄だったことが想像される。じいちゃんはビッグになりたかったらしいのでラーメン屋台を始めたそう。

 

3.じいちゃんはラーメン屋台から会社を作った

どういう経緯でラーメン屋台から工業会社を作ったのかは不明であるが、私の母が小さい時には家の屋根は藁葺き屋根で激貧乏だったそうだが、会社が大きくなり、母が高校生ぐらいにはそこそこ金持ちとして育つことが出来たらしい。ちなみにその工業会社はじいちゃんが死んだタイミングで自己破産して倒産させた。

 

4.じいちゃんはスナックのママを養っていた

これがじいちゃんが亡くなった後に聞かさせたのだが、超金持ってる時代にじいちゃんは「友達」と海外旅行にバンバン行っていたのを私も覚えている。旅行帰りのじいちゃんに旅行で撮った写真を大量に自慢しながら見せられた事がよくあったのだが、今思うと興味深いのが「すべてじいちゃんソロショット」なのだ。そう、じいちゃんは友達と旅行にいくと言ってきっちり写真を撮って帰ってくるにもかかわらず「友達の写真を一枚も撮って来ない」のである。もちろん当時のばあちゃんもバッチリ相手まで把握していたそうだが、ばあちゃんは箱入り娘なのでどうしていいかわからず不倫は諦めていたとの事なのだ。今でも印象に残っているじいちゃんの旅行写真は水中カメラで撮ったプールの中で独りふわふわしながらカメラに向かってピースサインを送るじいちゃんである。完全にNIRVANAのアルバム「ネヴァーマインド」のジャケットそのものだった。

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そんな写真もスナックのママが撮っていたというのを大学生ぐらいの時に聞かされて「ああ、死後もなお罪は続くんだなあ」なんて思ったりした。そして内緒でスナックのママの娘の病気の療養費を払い、家まで建ててあげる始末。もちろん当時は誰も知らなかったのだが、これも田舎社会の噂で回ってきて後に家族は知ることとなった。ちなみに流石にじいちゃんの葬式にはスナックファミリーは来なかったが、一周忌の時にスナックファミリー一族がうちのじいちゃんが眠っている墓に来ていて一同フリーズしたが、しっかり恩を感じているところらへんはいい奴らである。

 

5.じいちゃんは破天荒だったのかもしれない

そんなじいちゃんは最期、2000年の1月1日に亡くなった。世間が2000年問題や、ノストラダムスの予言で賑わっていたお正月に母の実家から連絡が来て慌ただしかったのを覚えている。死因は原因不明ということだったが、相当破天荒が故に自分で死ぬタイミングを選んだ可能性すら私は感じている。亡くなって18年以上経っても孫にネタにされて愛すべきじいちゃんである。いいインパクトだったよじいちゃん。泥と酒とタバコくさいじいちゃんが好きだったなあ。