思生活

平成初頭に誕生日した永遠の0歳(イボ痔)。音楽、ガジェット、ゲーム、雑学、疑問、ネタ、酒、くだらないことを全力で感じるままに記事にしていきたい。

億劫って言われるとこっちが億劫になる件

先日、友人との会話の中で何気なく発せられた

 

「おっくうだな~」

 

という言葉。

 

私は想像を絶する「億劫」という単位が恐ろしく思えて普段使わないことにしている。なんていったって古代インドでの最長単位らしい。調べてみて恐怖すら感じた言葉、億劫。皆さんが何いってんだこいつ状態になっているのもわかるが、その語源を説明していきたいと思う。 

まず意味から。

気乗りがせず、めんどうくさい・こと(さま)。 

 Weblio辞書より

 

こういう意味だな~ってのは皆さんおわかりかと思います。

 

では語源いってみよう。

 

まず一劫っていうのが一億回っていう単位なわけなのだが、その一劫というのがこれまた、私の股間をヒュンとさせる事象なのである。

「一劫」

それは100年に一度、天女が高い山の上に舞い降りてその羽衣で山肌をそっと撫でて帰る。次はまた100年後に現れてまた同じ高い山の岩肌をそっと一回撫でて天へ帰る。それを山が更地になるまで行う時間っていうのが一劫という時間らしい。

 

よく考えてほしい。この高齢化社会になってしまった長寿大国日本でさえ2017年時点の平均寿命は女性で世界2位の87.26歳、世界3位の男性で81.09歳である。男女平均で平均+15歳ぐらいの超長寿の人でやっと初めて天女が舞い降りて山肌をそっと撫でるシーンをギリギリ一度みれるかが100年という単位なのだ。漫☆画太郎的に言えば、死~んである。その100年という人間にとってものすごい長い時間の間に一回だけ行われるのが羽衣でふわっと山肌を撫でるだけなのである。それが山がまっさらになるまで行われるのが一劫、しかもそれを一億回行うのが億劫である。スケールがでかすぎてもはやわからない。

 

・よくわかんないけど必死に考えてみた

私なりの超妄想計算をしてみる。私が天女のコスプレをして公園の砂場の砂山を羽衣でそっと撫でるとしよう。砂山のサイズが高さ50cmの山で、天女はクッソデカイ私なわけだからある程度の半径があっても全面撫でられる羽衣だとしよう。一回そっと撫でたとしておそらく1mm削れればいいほうであるだろう。仮に全部それらが1mmのクリティカルヒットだったとしてが平面になるまでおよそ500回かかる。という事は砂場の砂山を天女が平面にするのでさえ、500回×100年であるので、5万年かかる。5万年やぞ・・・?

じゃあ実際の山に置き換えてみよう。wikipediaで調べたところ、日本の高い山TOP100のど真ん中の50位の南駒ヶ岳は標高2841mなのでこちらで計算しよう。これがクッソデカイ天女が登場したとして、南駒ヶ岳が砂山だとして一回そっと撫でてたとしても1m=1000mm、ということは南駒ヶ岳は2,841,000mm。いち、じゅう、ひゃく、せんって二百八十四万千ミリメートルにもなるということである。その山を100年に1mm削るとなるだけでも2,841,000回×100年で2,841,000,000年かかる。約28億年である。1億と二千年後も愛してるアクエリオンの主題歌を作った菅野よう子さんもドン引きだ。そしてそれが一劫という単位。それを一億回繰り返す。ということは2,841,000,000年×100,000,000回で284,100,000,000,000,000年かかる。もはや普段使う単位を超えているので参考画像を見て頂きたい。

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私の計算が間違えていなければ、約28京年かかるということである。もう心の許容メーターが壊れてどうにでもなれ状態にならざるを得ない年数になっているのでこの話は辞めるが、地球の年齢が46億歳らしいので、もはや28京年という数字が想像もつかない世界である事は確かである。こうして静かに発狂したくなる数字を思い出し、人から「億劫だわ~」と言われると、

 

「お前の億劫は一劫にも値しない」

 

という屁理屈の全く面白みも何もないセリフを大声で吐き捨てそうになるのをグッとこらえるのであった。こうして書いている今も億劫という言葉が途方もなさすぎて私はふと立ち止まり、自己幻想の世界に迷い込み、宇宙側から日本、埼玉県にある職場に帰ってくることがようやくできるのである。私が億劫に値する状態の時、それは家に帰ってご飯を食べた後、座っている座椅子から動き出すその時だけである。そして「ああ~億劫だな~」と口に出す直前にふと恐怖で口をつぐみ立ち上がるのである。

 

言葉は言霊、周りの人にも影響を与えてしまうものです。

 

ここで最後にマザーテレサの名言で閉じたいと思います。

 

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。